2018.06.18
No22 みちくさ探偵の冒険 アースダイブに挑戦 志太の古代地形を探れ
クエストハンティングは参加された子供さん達独壇場、古代へのみちくさは全員、「冒険ツアー」ショートコースを巡りました。
「BiViキャン」から意思疎通が凄く図りやすいグループでスタートしました。
藤枝最古の住人は、約2万年前頃の天ヶ谷遺跡(石器時代・瀬戸新屋地区)といわれますが、その後の1万5000年前頃から2900年前位までが縄文時代が続き、その時代から御子が谷遺跡(8、9世紀頃・南駿河台地区)の時代までを「みちくさ」します。
その前に、前例は有りませんが一寸だけ本当の「道草」です。
縄文時代というと「縄文、弥生」などと一括りに描いて、合わせて数100年程度かな?という印象を持ってしまうかもしれません。
がしかし、大雑把に弥生以降現在までの約3000年と縄文時代との時間軸の比率は1:4くらいとなります。また西暦(約2000年として)との比率は1:6強くらいで、とてつもなく縄文時代が長い。特異な見方ですが、その長さは「卑弥呼や義経もまた家康も」それぞれが6人づつ居て、その次の7番目が学習した覚えの有る歴史上の人物だった・・・・・・・。
などと考えると、自分の持っている歴史年表、時系列の横線グラフが大きく変わるかも知れません。
閑話休題、本来に戻ります。
集合場所「BiViキャン」で、みちくさ探偵(増田さん・案内人です)からツアーの説明を受けました
ウォーキング日よりの中、弾んで古代を探して歩き始めました(前島神社も通過)
岩城山古墳群(岩城山緑地公園・岩城神社周辺)に到着
古墳時代(3から6世紀頃)の円墳が18基ある様ですが確認は困難、しかし山頂の展望の良さは実感出来ました。
展望を楽しんだ後、線路脇を歩きマップの確認も。この辺りには江戸時代初期に大井川の洪水を防ぐ為に造られた「千貫堤」が在りますが、これは最近の出来事です。
また、新幹線を生み出すた為の狭軌(JR等在来線のレール間隔)での高速走行試験では、この辺りで最高速163km/hを記録しました。でもこれもホンの先程の事です。
そろそろ「一服」の時間です。まずは抹茶スイーツ屋さんを覗いてみましたが「ちょっと、無理!」、美味しいクレープ屋さんへ・・・。
少し高台風になっている地形は、元は山で天ヶ谷遺跡があったところなんですが、今となっては「忍のみ・・」ですね。
喉が潤って、足もたっぷり休められて、気力はますます向上。遺跡が在った場所から長躯、「畑の脇をとおり」「南駿河台左手にみて」御子ケ谷遺跡 まで歩きます。
御子ケ谷遺跡(8世紀、9世紀頃) に到着する前の「道の辺(みちのべ)」は、ほんのりと古代が漂っているようでした。
御子ケ谷遺跡の「志太郡衙」跡に到着しました。郡衙跡はきれいに整備されています。
郡衙資料館では、「宝探し(土器)」「機織り体験」が出来ます。
郡衙で解散となりましたが、子供たちへはラストの楽しみも有り、大人達は古代に思いを馳せるきっかけとなり、また「みちくさ」の楽しさを感じられたのではないでしょうか。
注・文中の年代等については厳密ではありません。(はんだ むねお)